2007年08月22日

自民党憲法新憲法草案ー自衛軍・軍事裁判所…

gijidou005.jpg写真は国会議事堂です。憲法改正国民投票法がこの春に成立していますが、自民党・民主党は憲法改正草案を発表しています。まだ具体的に草案を読んだことがない方も少なからずおいでのようですので、こちらで公表します。
 じっくりと現行憲法(青い活字で比較対象用に表記)と比較してみてください。一見口当たりが良さそうな言葉の中に大変な問題が含まれていると私は考えます。
とりあえず、全文、9条(自民党案では9条の2で自衛軍創設)と19条の2(同じく、プライバシー権)、20条(政教分離原則)76条3項(同じく、軍事裁判所の設置)あたりを引用します。

前文
 日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。

 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。

 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。

 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。


前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


第9条 (平和主義)
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第9条の2(自衛軍)

@ 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。

A 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

B 自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
C 前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。。



第9条

@ 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

A 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


第19条(思想及び良心の自由)

 思想及び良心の自由は、侵してはならない。

 第19条の2(個人情報の保護等)

@ 何人も、自己に関する情報を不当に取得され、保有され、又は利用されない。
A 通信の秘密は、侵してはならない。

第19条(思想及び良心の自由)

 思想及び良心の自由は、侵してはならない。


第20条(信教の自由)

@ 信教の自由は、何人に対しても保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

A 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

B 国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない。
第20条(信教の自由)

@ 信教の自由は、何人に対しても保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

A 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

B 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。


第76条(裁判所と司法権)

@ すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

A 特別裁判所は、設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。

B 軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する。
C すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。

第76条(裁判所と司法権)

@ すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

A 特別裁判所は、設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。

B すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。

posted by 一法律学徒 at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法改正問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

タカ派元首相「改憲の歌」

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(写真は長崎平和公園の平和祈念像。敗戦時には、タカ派元首相のいうように「涙をのんで国民は憲法を迎えた」のであろうか。むしろ大多数の人は、焼け野原の中で、「戦争も軍ももうゴメン
だ」と本心から思っていた事と思う。)

 自民党を中心とする改憲派の国会議員から構成される団体である自主憲法期成議員同盟(新しい憲法をつくる議員同盟)の会長に就任しているのは中曽根康弘元総理大臣である。
 ちなみに、彼は1956年に以下のような「改憲の歌」を作詞している。

 鳴呼(ああ)戦(たたか)いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す
平和民主の名の下に 占領憲法強制し
祖国の解体計りたり 時は終戦6ヶ月


 占領軍は命令す 若(も)しこの憲法用いずば
天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は
国の前途を憂(うれ)いつつ マック憲法迎えたり


 10年の時は永くして 自由は今や還りたり
我が憲法を打ち立てて 国の礎(いしずえ)築くべき
歴史の責を果たさんと 決意は胸に満ち満てり


 国を愛す真心を 自らたてて守るべき
自由と平和民主をば 我が憲法に刻むべき
原子時代に遅れざる 国の理想を刻まばや


 この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり
マック憲法守れるは マ元帥の下僕(げぼく)なり
祖国の運命拓(ひら)く者 
興国(こうこく)の意気挙(あ)げなばや 
(以上)

 私は誤解を恐れずに言えば、今の憲法を改正する事そのものを否定するつもりは毛頭ない。問題はその内容と方法である。
 自民党の憲法改正案では、「自衛軍の設置」「軍事裁判所の設置」「環境権・プライバシー権など新たな人権規定の創設」「政教分離規定の改変」「犯罪被害者の人権」などが盛り込まれている。私はこのような改憲案については全く否定的であり、現在の状況において憲法「改正」がなされるのであればタカ派元首相がいう「マック憲法」の方がはるかにましな「憲法」となることは確実であろうと考えている。
 その立場から自民党改憲案について今後とも検討・批判を加えていくことにする。
 今日は「プライバシー権規定の創設」について検討していく。
そもそも「プライバシー」とは、欧米でも、日本でも判例によって確立されてきた権利であり、アメリカ合衆国では「国家から自らの私生活に干渉されない権利」として形成されてきたものである。日本では憲法13条の幸福追求権の規定から派生する権利として捉えられてきた。
 個人情報保護をめぐる議論においても、改憲議論においても、そもそもこのような「国家から干渉をうけない権利」としてよりも、むしろ「私人間において個人情報を知られない権利」として議論がすすんでいるように思える。「国家に対抗する権利」としてではなく、「国家により保護してもらえる権利」として捉えられている事に懸念を覚えるこの頃である。
 そもそも何が「プライバシー」かは非常に難しい問題であり、むやみやたらと「プライバシー権」を認めると、いわゆる人権のインフレ化を招来し、人々が常に「プライバシー侵害」を行ったとされる事を恐れながら行動しなければならなくなる。そのために判例もプライバシー権(肖像権など)の認定に関しては慎重な態度をとってきている。
 わざわざ憲法上明文でプライバシー権を規定することになれば、「プライバシー侵害防止」を理由に、報道規制等を「国家による自由実現」を口実としておこなわれる危険が大であるといえる。




posted by 一法律学徒 at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法改正問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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