2007年09月30日

弁護士に対する懲戒請求権の濫用と不法行為の成立

山口県光市のいわゆる光市母子殺害事件において、差戻し控訴審の弁護団の弁護のあり方に対して大阪弁護士会の橋下弁護士(マスコミでの弁護士としての発言であったため、顕名とします)がテレビ番組で懲戒請求を扇動するがごとき発言を行ったとして、民事訴訟にまで発展しています。
私はこの光市事件の弁護団が具体的にどのような弁護活動をしているのか、法廷傍聴や公判記録の閲覧などをして知っているわけではないので、その点についてはコメントを控えることとします。
問題は、橋本弁護士がテレビ番組に出演して「懲戒請求は誰でもできる」「一斉に懲戒請求を(かけてほしい)」などという発言をした事が不法行為を構成するか否かであるが、これについては以下の最高裁判例が存在する(もっとも、橋本弁護士のサイトによれば、一般市民の懲戒請求はこの判例の射程外であるとの見解が載せられていました)。
 とりあえずの私の見解は以下の通りです。「懲戒請求は誰でもできる」とはいっても、請求にあたって「○○弁護士に懲戒事由がある」という相当の根拠に基づいて行わなければならないことは当然でしょう。たとえば刑訴法上は、犯罪によって被害を被った者は告訴をすることができ、何人も犯罪があると思料する場合には告発をすることができますが、ただ単に「テレビでこのような報道がなされているから」というだけで何らの調査も行わずに懲戒請求を行ったのであれば、そのような懲戒請求は相当な根拠・資料に基づいたものとはいえないのは当然です。橋下発言の後に数千件の懲戒請求が弁護士会に殺到しているようですが、その中に独自の調査に基づいた根拠によるものがどれほどあるのか疑問です。ネット上では光市事件の弁護団に対する懲戒請求の書式まで掲載しているサイトがありましたが、私が見た限りのサイトでは、およそ懲戒請求の理由とはなりえないようなものでした。
 単に「マスコミで○○弁護士が●●と言っているから」というだけで懲戒請求をすることが懲戒権の濫用とならないのであれば、たとえば「マスコミのキャスターが●●といっているから、△△事件の犯人は●●に違いないので告発する」ということも許容されるのではないでしょうか(このような告発が虚偽告訴罪を構成することがあり得るのは言を俟ちません)。
 私は以前から裁判員裁判によって刑事裁判が劇場化される虞があることを指摘してきましたが、今回の事件はそれを予期させるものであると考えます。
以下に弁護士に対する濫用的な懲戒請求権の行使が不法行為となりうることを判示した最高裁判例を引用します。
(なお、この件については多様な見解がありうると考えますが、コメント欄への書き込みについて、他人に対する誹謗・中傷となるものやその他管理人が不適当と認めるものは公開しないことを付言させて戴きます。もちろん、見解が管理人と異なるものであっても礼節を持って意見を述べるものについては公開するつもりです。「対話」とは、見解が異なる他者が存在することを当然として、他者を尊重しつつその異なる見解を咀嚼して自らの見解を述べることであり、インターネットの匿名性を良いことに無責任な表現を行ってストレスを発散することではありません。そのような方にはこのブログを閲覧することをご遠慮いただきます【悪質な書き込みについてはIPアドレスを公開したり、関係機関に通報することもあります】。)

最高裁判所第三小法廷判決平成19年04月24日 
(1)本件懲戒請求等について
ア 弁護士法58条1項は,「何人も,弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは,その事由の説明を添えて,その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と規定する。これは,広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより,自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され,その制度が公正に運用されることを期したものと解される。しかしながら,他方,懲戒請求を受けた弁護士は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。そして,同項が,請求者に対し恣意的な請求を許容したり,広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかであるから,同項に基づく請求をする者は,懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように,対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負うものというべきである。
そうすると,同項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。
 不法行為の成否に関する上記の基準は,平成15年法律第128号による改正前の弁護士法61条1項に基づき異議の申出をする場合についても同様に当てはまるものと解される。
イ 前記確定事実によれば,Aは自ら足利支部にBを被告として別件請負代金訴訟を提起したというのであり,BがAを被告として別件損害賠償訴訟を提起したのも,足利支部がAからの本件担保の取消しの申立てを受け,Bに対して本件担保について権利行使の催告をしたことによるというのであるから,Bが民訴法上の土地管轄を有する足利支部に別件損害賠償訴訟を提起するのは,法律上も,また事実経過からも当然のことであり,何ら違法,不当な行為であるということはできない。
したがって,上告人がBの訴訟代理人として同訴訟を足利支部に提起したことが弁護士としての品位を失うべき非行に当たるはずもなく,本件懲戒請求等が事実上,法律上の裏付けを欠くことは明らかである。そして,Y1は,法律家ではないとしても,Aによる別件仮差押事件の申立て当時から,その代表者として上記申立てを含めて事業活動を行っていた者であり,Bによる足利支部に対する別件損害賠償訴訟の提起が正当な訴訟行為であり,何ら不当なものではないことを十分に認識し得る立場にあったということができる。そうすると,Y1は,通常人としての普通の注意を払うことにより,本件懲戒請求等が事実上,法律上の根拠に欠けるものであることを知り得たにもかかわらず,あえてAの代表者としてこれを行ったものであって,本件懲戒請求等は,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ,Y1は,本件懲戒請求等による上告人の名誉又は信用の毀損について不法行為責任を負うというべきである。
 また,Y2は,別件請負代金訴訟の第1審及び控訴審並びに別件損害賠償訴訟の控訴審においてAの訴訟代理人として訴訟活動に携わり,かつ,法律実務の専門家である弁護士として,本件懲戒請求が事実上,法律上の根拠に欠けるものであることを認識し得る立場にあったことは明らかである。Y2は,それにもかかわらず,本件懲戒請求の請求書を作成し,本件懲戒請求につきAの代理人を務めたものであり,このような行為は弁護士懲戒請求の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるから,Y2は,これによって上告人の名誉又は信用が毀損されたことについて不法行為責任を負うというべきである(以下略)。
posted by 一法律学徒 at 04:38| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大いに参考になりました。
ただ、一般の人は、懲戒事由がないことを予見することはおそらく不可能だと思われるので、懲戒請求を違法とするのは難しいと私は思いますが。
Posted by 清高 at 2007年10月02日 21:03
清高さん、コメントありがとうございます。

>一般の人は、懲戒事由がないことを予見することはおそらく不可能だと思われるので、懲戒請求を違法とするのは難しいと私は思いますが。

この点について、掲載した最高裁判例は弁護士が懲戒請求した事案ですので、この判例が一般人が懲戒請求した場合にまで射程にしているかが問題となると思いますが、一般人であっても、全くまともな調査などを行わずに、請求をした場合にはこの判例の射程の対象になるのではないかと思います。たしか通常の民事訴訟において、一般人が被告を困らせようとして濫訴を提起した場合には不法行為となるという判例もあることですし。
 ただし、弁護士が行った場合の方が法律家でありながら行ったということで、懲戒請求権の濫用が認定されやすいということは理屈としてありうると思います。
 またのご訪問をお待ちしております。
Posted by 一法律学徒 at 2007年10月03日 19:57
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