2007年10月30日

京都・北山の植物園の花 その3

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京都・北山の植物園の花 その2

IMG_1520.JPGIMG_1516.JPG唐辛子の一種だそうですが、暗色と赤い実のコンストラクトがいいですね。
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京都 北山植物園の花 その1

IMG_1554.JPG知りあいが京都・北山の植物園に行かれたそうで、メールで花の写真を送って来てくれました。写真はサルビアの一種だそうです。鮮やかな赤色に、秋の魅力を感じます。
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2007年10月21日

富山の冤罪事件(氷見事件)の弁護のあり方について

 先日の記事で富山の再審無罪になった冤罪事件について、橋下弁護士(大阪弁護士会)が「杜撰な弁護活動」と批判していた事について触れましたが、当該事件についての元被告人の方のコメントが記事になっていたので以下に転載します。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071013i114.htm?from=navrより転載(なお、元被告人の氏名・年齢に関する部分は引用者において▲▲として伏せることにします。元被告人は公人ではなく、また冤罪の被害を受けられた方であるからマスコミが公表していてもそのまま引用することは不適切と判断しました。)
「国選弁護人、何もせず」富山冤罪の日弁連調査で▲▲さん
 富山県氷見市の冤罪(えんざい)事件で、日本弁護士連合会は13日、婦女暴行・未遂容疑で誤認逮捕され、無罪判決を受けた元タクシー運転手▲▲▲さん(▲▲)から、逮捕当時の弁護活動などに関する聞き取り調査を公開で行った。

 ▲▲さんは「国選弁護人は何もしてくれなかった」と批判した。

 ▲▲さんは、2002年4月の逮捕直後に行われた1回目の接見について、「弁護士なら助けてくれると思い容疑を否認した。『調査する』と言ってくれたが、その後、何の連絡もなく、次の接見では被害者2人に被害弁償金を支払うよう勧められた」と明かした。「接見は2回でいずれも10分程度だった」とし、消極的な弁護のあり方を非難した。
 県警の捜査については、取調官に脅された経験を話し、「(冤罪事件をなくすには)検察だけでなく警察の取り調べも録画するべきだ」と主張した。
 日弁連は、当時の国選弁護人から、今月下旬にも聞き取り調査をする予定で、年内にも調査報告書を公表する。
(2007年10月13日22時30分 読売新聞)


 検察段階だけでなく警察段階から(当然任意同行の過程から)録音・録画する必要があるということには全く同意できます。
本件の弁護人の活動についてですが、接見が2回でいずれも10分というのが事実であれば、いくら地方であったとしても被疑者との意思疎通が不十分すぎるといわざるを得ないでしょう。
 ただ、私はこの事件の詳細を記録等を見て知っているわけではないのですが、この事件では国選弁護人が無罪主張をすることは極めて困難であった可能性があったと思います。日本の刑事裁判においては、公判前に検察官から弁護人に対して開示される証拠は原則的に検察官が裁判所に対して証拠請求するものだけです。被疑者が当初は無実を訴えたことがあったにせよ、自白に転じてしまっていたようですので、弁護人としては検察が開示した記録だけを読んで「こういうことか」と納得して弁護活動を行っていたのではないでしょうか。報道では、再審無罪になった方が履いておられた靴と、現場の足跡が異なることはすぐに判明できた筈だと言われていますが、それはあくまでも今になってから言えることで、当初の開示記録だけからそのようなことが言えるのか、検討される必要があると思います。
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2007年10月19日

光母子殺害事件の弁護団懲戒問題を巡って

 山口県光市のいわゆる母子殺害事件の差戻し控訴審の弁護活動を巡って、大阪弁護士会の橋下弁護士(マスコミや自身のブログ等で顕名で発言していることなどに鑑み、実名で表記します)がテレビ番組で「懲戒請求を弁護士会に送りつけて下さい」などと発言し、数千件の懲戒請求が光市弁護団の所属する各弁護士会に寄せられていることは既に先日のブログでコメントしました。
 この橋下弁護士を被告として弁護団の4人が損害賠償請求をしているようですが、この損害賠償請求訴訟の当事者双方の主張が先月28日付けの朝日新聞に掲載されていました。
 以下それの一部を引用します。
 橋下弁護士「懲戒請求においては、その事実が弁護士会の信用を害し、品位を失うべき非行にあたるかどうかの評価の問題である。その評価は世間一般の常識的な感覚で判断するほかなく、世間の声は重要な判断要素になる。……弁護活動に不当な重圧を受けたと主張するが、社会にきちんと説明しないのだから当たり前だ。被告人の利益を最大限に図りつつ、社会から信用されるよう真摯に国民を説得するよう務めなければならない。」

光母子事件弁護団の弁護士ら「……橋下弁護士は、弁護人が真に被告人の供述を代弁し、展開していないと決めつけた。しかし、刑事弁護人の職責は、被告人に代わりその利益を最大限主張することであり、それゆえ弁護人までが被害者・遺族の恨みの対象となり、世論の激しい非難にさらされる場合もあることを理解しているはずだ。その行為は極めて悪質で責任は重大だ。」
 
 橋下弁護士は「世間の声」が重要、弁護活動は社会に対する説明責任を伴うもので、それを果たさなければ弁護活動に圧力がかかっても仕方がないと主張しているようです。
 彼が言う「世間の声」とは一体なんなのでしょうか。自分自身がマスコミに登場して「世論」を形成している立場にあることを自覚しているのでしょうか。もちろん、弁護活動に対する批判を行うこと自体は自由ですが、現在進行中の裁判や弁護活動に対して圧力を加えるような事を行うことは法律家として厳に慎むべき事であると考えます。
 日本の戦時中の治安維持法体制下における弾圧やナチス・ドイツを例に出すまでもなく、独裁や権力による暴力は常に多数派と称する「正義」の名の下に行われてきたことは、歴史の教えるところです。
 法律家としては、もし問題がある弁護活動があるというのであれば、まず弁護士会内部の刑事弁護委員会などで問題提起をするなどといった方針をとるべきではないでしょうか。
 「世論の声」を気にしながら、「社会」に対する説明義務を果たさなければ弁護活動が抑圧されても構わないなどというのは人権(数の論理では侵されてはならないものです)擁護を使命とする弁護士の活動自体を否定するものではないでしょうか。
 また、橋下弁護士自身は批判の対象としている弁護活動について、独自にどのような調査を行い、どのような事実を把握しているというのでしょうか。この点については懲戒請求を呼びかけた以上、彼自身に「説明義務」があると考えます。
 また、橋下弁護士のブログには、富山の冤罪事件(氷見事件)についての短いコメントがあり「一審担当弁護人は,あれだけ杜撰な弁護活動をしていた」「一般市民が懲戒請求をかけても、3年の除斥期間で不問になる可能性が高い」などという見解を表明していました。この氷見事件についても、彼はいかなる調査に基づいて、いかなる根拠で「国選弁護人が杜撰な弁護活動をしていた」といえるのか、はっきりとした根拠があるのか疑問に感じました。法律家である以上、具体的な事件についてコメントするのであれば、どのような根拠によって自分はそのような見解を持つに至ったのか、明らかにするべきではないでしょうか。

(なお、この件については多様な見解がありうると考えますが、コメント欄への書き込みについて、他人に対する誹謗・中傷となるものやその他管理人が不適当と認めるものは公開しないことを付言させて戴きます。もちろん、見解が管理人と異なるものであっても礼節を持って意見を述べるものについては公開するつもりです。「対話」とは、見解が異なる他者が存在することを当然として、他者を尊重しつつその異なる見解を咀嚼して自らの見解を述べることであり、インターネットの匿名性を良いことに無責任な表現を行ってストレスを発散することではありません。そのような方にはこのブログを閲覧することをご遠慮いただきます【名誉毀損・脅迫に該当するような悪質な書き込みについてはIPアドレスを保存したうえで、関係機関に通報することもあります】。)
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2007年10月18日

検察OBの「冤罪防止に関するホームページ」

garyuubai.jpg写真は宮城刑務所内の天然記念物「臥龍梅」です。最高検刑事部長や仙台・広島の両高検検事長を歴任された小嶌信勝先生(現弁護士)は、仙台の高検検事長時代に宮城刑務所で帝銀事件の平澤死刑囚が絵を描いているのをご覧になったとのエピソードをHPで紹介しておられますが、宮城刑務所のこの梅もご覧になっていたのかもしれません。

 元高検検事長まで歴任された弁護士の方が、HPで「裁判員読本」「冤罪防止対策の研究」を公表しておられます。HPを開かれたのは小嶌信勝先生です。小嶌先生は関西大学の夜学を出られた後、苦学されて司法試験に合格された後、検察一筋に生きてこられて「見通しの小嶌」と評された方だそうですが、最高検時代に死刑再審事件の検討をされた事を契機に、冤罪事件が起こる原因について研究を続けてこられ、「冤罪だけは許せない」という思いからこのようなサイトを立ち上げられたそうです。
 自白の検討の仕方(「秘密の暴露」があるとはどういうことか)や、証拠開示の問題点(現行法の証拠開示についての刑訴法のルールは不十分ではないかと論評されておられます)など、元検察官でおられながら忌憚なく捜査や刑事裁判のあり方について批判を加えてもおられます。皆さんにもご一読をお薦めします。小嶌先生のお許しを戴いたので以下にリンクを張ります。

弁護士 小嶌信勝の冤罪防止に関するホームページ
http://www.ne.jp/asahi/kojima/law/

小嶌先生はメールでの質問も受け付けておられます。私の拙い質問にも丁寧に御回答いただいて下さいました。この場をお借りして感謝させていただきます。
 
posted by 一法律学徒 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 刑事法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月16日

イギリスの法曹と鬘(かつら)

昨日イギリスの法曹が被っている鬘の話題を書きましたが、本国のサイトを見ると左のような裁判官の服飾が載っているサイトがありました。http://www.judiciary.gov.uk/about_judiciary/court_dress/examples/index.htm により引用しました。
以下は
http://www.judiciary.gov.uk/about_judiciary/court_dress/history/index.htm#5より引用です。法廷服飾である鬘の歴史についてふれています。
Wigs: Following Fashion
Until the seventeenth century, lawyers were expected to appear in court with clean, short hair and beards.

Wigs made their first appearance in a courtroom purely and simply because that’s what was being worn outside it; the reign of Charles II (1660-1685) made wigs essential wear for polite society.

The judiciary, however, took some time to convince; portraits of judges from the early 1680s still show judges defiantly sporting their own natural hair, and wigs do not seem to have been adopted wholesale until 1685.

The reign of George III (1760-1820) saw wigs gradually go out of fashion. By the end of the century they were mainly worn by bishops, coachmen and the legal profession - and even bishops were given permission to stop wearing wigs in the 1830s.

Judges wore only full-bottomed wigs until the 1780s, when the less formal, and smaller, bob-wig, with frizzed sides rather than curls, and a short tail or queue at the back, was adopted for civil trials.

The full-bottomed wig continued to be used for criminal trials until the 1840s, but is today reserved for ceremonial dress; smaller wigs are used on a day-to-day basis.


なお、以下の香港映画を紹介したサイトを発見しました。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/tobichi/tobichikatsura.html植民地や海外領土などをテーマにしたサイトのようですが、香港も中国返還後もなお法廷では法曹が鬘を被っているようですね。イギリス本国では刑事法院以外は廃止されるようですが、旧植民地の方が受け継いだ文化を大切にしているのでしょうか?
posted by 一法律学徒 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

イギリスの法曹、かつら廃止へ?

今日も昨日に引き続いて柔らかい話題でいきましょう。アメーバに以下のようなニュース記事が出ていました。
http://news.ameba.jp/2007/07/5812.phpイギリスの裁判所にて、裁判官の白カツラ姿が見られなくなる?
7月15日 13時45分
【ロンドン 13日 ロイター】
 イギリスの法廷弁護士や裁判官が被る白カツラ。数世紀にわたって続いてきたその伝統が刑事事件以外の裁判の場では廃止されることになった、とイギリスの司法当局が12日、明らかにした。

 首席裁判官であるフリップス・オブ・ワース・マトラヴァース卿は、新しい法廷服の規定のもと、17世紀からイギリスの法曹界で着用されてきた、馬の毛製の白カツラを裁判官が被るのは刑事裁判のみで、民事裁判や家庭裁判所では廃止されると発表。ウィングカラーまたは台襟と呼ばれる、首のまわりに着用される白い細長い綿布も、改革に従い同様の扱いとなる。

 フィリップス卿は「現在、最高裁の裁判官は担当の管轄地区と季節ごとに多い場合は5種類ものガウンを使い分けています。各界に諮問したところ、ガウンの数を簡略化するという決断に至りました」とし、今後は色とりどりのガウンの代わりに1種類で間に合うようになると話した。

 03年に行われた法廷服の見直しでは、解答者の3分の2以上が民事裁判においてはカツラ着用の廃止に賛成したが、そのほとんどが刑事裁判では依然として着用すべきだ、と回答した。

 カツラ着用に反対する者は、カツラが時代遅れで着け心地が悪く、そして高価であることを理由として挙げた。肩まで届く儀式用カツラは1,500ポンド/約37万2100円(1ポンド=248.06円)であり、弁護士が着用する短めのカツラでも一つにつき400ポンド/約9万9227円するという。

 しかし、廃止に異議を唱える弁護士の中には、カツラが権威と匿名性を与えていると感じる者もいた。

 フィリップス卿は「法廷服について統一見解は決して得られないものの、改革が必要だということについては賛成意見が幅広く見られました」と話した。

※この記事はロイター通信社との契約のもと、Amebaニュース編集部が日本語に翻訳しています。


 イギリスの刑事法院ではバーの中の法曹は鬘(かつら)をつけているという事は知っていました。刑事法院での鬘は当面維持されるようですね。
 ところで、知りあいがケニアに旅行した時に裁判を傍聴したら、ケニアは元英領なのでイギリス式の法廷で、黒人の弁護士が金髪だか銀髪のWig(鬘)をつけて弁論していたそうです。exclamationその友人はそれを見て思わず笑いそうになったということですが、エキゾチックな話ですね。
posted by 一法律学徒 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 外国法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

日本では何語で裁判するのですか(留学生よりの質問)?

 今日は少し柔らかめの話題でいきましょう。外国法が好きな私が留学生より聴いたエピソードを1つ紹介します。
 学部時代に留学生との交流パーティーで、インドからの留学生の方とお話したことがありました。その方は法学を専攻されていたのではないですが、私が法学部の学生と分かると、「日本では裁判って日本語でするんですか?法廷では日本語を使っているんですか?」と私に質問してきました。
 
 「日本では当然日本語で裁判しますよ。インドでもインドの言葉でするでしょう」と答えると、そのインド人留学生は、「インドの言葉1つだけではなくたくさんあります。インドでは裁判の制度イギリスの植民地になってから導入されました。それまでそのような制度なかったのでインドの言葉で裁判することできません。また、インドのもともとあった言葉たくさんあるので統一できません。ローヤーやコートという概念を示す言葉もそれまでのインドにはありませんでした。だからインドでは英語で裁判します。日本でも江戸時代までは昔のやり方でしていたのでしょう、だから日本語で大丈夫なんですか?」と答えられたのにはびっくりしました。私が、明治期の立法者が「権利」とか「抵当権」などといった日本語を作ったという話をすると、「その人たちえらいですね、大変だったでしょうね」と感心しておられました。明治時代の先人がいなければ日本では今何語で裁判をしていたのでしょうか。先人に感謝!
posted by 一法律学徒 at 01:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 外国法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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