2007年06月30日

矢野伊吉元判事についてー財田川事件ー

 先日の記事で袴田事件を担当された熊本典道元裁判官のブログについて紹介しました。
 同様の、裁判官として事件を担当された方が退官後にその再審請求に関わられた事件として、財田川事件があります。
 高松地裁丸亀支部の支部長をしておられた矢野伊吉裁判官は、確定した強盗殺人事件の死刑囚であった谷口繁義さんからの裁判所宛の手紙を発見し、再審請求事件として取り上げて審理を開始します。
 当時の捜査記録を精査し、請求人である谷口さんや当時の捜査関係者などを尋問していくうちに、無実であるとの確信を抱いた矢野裁判長は、再審開始決定を起草しますが、陪席裁判官の反対によって再審開始の決定を出すことができなくなりました。
 そこで矢野裁判長は裁判官を退官し、自らが弁護人となって再審請求を行いました。後に矢野弁護士は高松弁護士会より公務員として担当した事件を弁護士として取り扱うことを禁ずる弁護士法に触れる行為をしたとして懲戒処分を受けてもいます。
 財田川事件の再審請求は地裁(矢野裁判長の後任裁判官による棄却)・高裁と棄却され、最高裁に特別抗告されます。
 最高裁は昭和51年、地裁・高裁の再審請求棄却決定に審理不尽の違法があるとして本件を地裁に差し戻す旨の決定をし、再審開始の要件について判示したいわゆる「財田川差戻し決定」を出しますが、その中で異例なことに、矢野弁護人の再審請求に際しての活動が批判されています。以下にそれを引用します。
再審請求棄却決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件
昭和四九年(し)第一一八号
同五一年一〇日一二日第一小法廷決定
最高裁判所刑事判例集30巻9号1673頁
裁判官 岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光
第二 当裁判所の判断
 本件記録を精査し、職権により原決定及び原原決定の当否を審査すると、当裁判所は、原決定には、本件再審請求の理由として、刑訴法四三五条六号に該当する事由があると解すべきであるのにこれを看過し、かつ原原審が申立人の請求を棄却しながらも、本件確定判決の事実認定における証拠判断につき、前記のような数々の疑問を提起し上級審の批判的解明を求めるという異例の措置に出ているにもかかわらず、たやすく原原決定を是認した審理不尽の違法があり、原原決定にも、審理不尽の違法があると考えるものである。
 その理由は以下のとおりである。(なお、矢野弁護人は、正規の抗告趣意書を提出したほか、累次にわたり印刷物、著書等により、世間に対して申立人の無実を訴え、当裁判所にもそれらのものが送付されたが、弁護人がその担当する裁判所に係属中の事件について、自己の期待する内容の裁判を得ようとして、世論をあおるような行為に出ることは、職業倫理として慎しむべきであり、現に弁護士会がその趣旨の倫理規程を定めている国もあるくらいである。本件における矢野弁護人の前記文書の論述の中には、確実な根拠なくしていたずらに裁判に対する誤解と不信の念を世人に抱かせる虞のあるものがある。もつとも論述中に裁判所の判断と部分的には合致する点もある〔なお、その論述中若干のものは、既に原原決定が指摘しているところである。〕が、論述全体を通じてみるならば、当裁判所の判断過程及び結論とはおよそかけはなれたものであることは、以下の説示と対比すれば明らかであろう。)(以下略)

 これについて、ルポライターの鎌田慧氏は、「騒ぎたてなければ、正義は降ってこない。矢野の活動なくして最高裁はこのような決定をおこなったであろうか」と論じておられます。
 財田川事件については、鎌田慧氏の「死刑台からの生還」(岩波同時代ライブラリー)、同「非国民ー法を撃つ人々」(同前)に詳しいですが、他に、矢野伊吉元裁判官の著書として「財田川暗黒裁判」(立風書房)、ネット上で閲覧可能なものとしてニッポン・レポートがあります。

 なお、財田川差戻し決定中の再審開始の要件(刑訴法435条6号)について判示した部分について、以下に引用します。

本件再審請求の理由は、その形式も不備であり、その内容また必ずしも明確とはいえないが、その趣旨を汲みとるならば同法四三五条六号所定の事由の主張もなされているものと解するのが相当である。
 ところで、同号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであり、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的疑いを生ぜしめれば足りるという意味において「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものである(当裁判所昭和五〇年五月二〇日第一小法廷決定・刑集二九巻五号一七七頁)。そして、この原則を具体的に適用するにあたつては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく,確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもつて足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになつた場合にも右の原則があてはまるのである。そのことは、単なる思考上の推理による可能性にとどまることをもつて足れりとするものでもなく、また、再審請求をうけた裁判所が、特段の事情もないのに、みだりに判決裁判所の心証形成に介入することを是とするものでもないことは勿論である。
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2007年06月29日

「裁判官の良心」熊本典道元裁判官ブログ

 1966年に静岡県清水市で発生した味噌会社専務一家強盗殺人事件(袴田事件)は、犯人とされた元被告人袴田巌氏の死刑が確定した後も無実を訴えて再審請求がなされたものの、地裁・高裁と再審請求は棄却され、現在最高裁に特別抗告が係属中です。
 その袴田事件の確定第一審に左陪席裁判官として関与された元裁判官の熊本典道氏が最近ブログ「裁判官の良心」を開設されておられます。
 熊本氏は袴田事件の確定第一審第2回公判から主任裁判官として事件を担当され、無罪であるとの心証を抱かれて一度は無罪判決を起草したものの、裁判長ともう一人の陪席裁判官を説得できずに結局死刑判決を書かされることになりました。その後熊本氏は退官し弁護士・大学講師を歴任されましたが(ブログ「裁判官の良心」によると現在は弁護士登録も抹消されておられるようです)、今年になって「袴田事件では無罪の心証を抱いていた」という事を公表され、裁判所法が定める「評議の秘密」を漏らしたのではないかとの批判も受けておられます。
 ご本人はその事について、別に特別なことをしたわけではない、「過ちを改めるにはばかる事なかれ」という先人の言葉を引用して
「何事にもいえることである」と昨日(6月28日)の記事で述べておられます。フランスの冤罪事件(パトリック・ディルス事件)で「司法は、自らの誤りを認めなければならない」と破毀院検事が論告した事と熊本元裁判官が引用された言葉がオーバーラップするようです。
 皆さんにも熊本元裁判官のブログを拝見される事をお薦めします。リンクはしませんが、「裁判官の良心」で検索するとすぐに見つかります。
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2007年06月26日

「マル特無期刑」について

senat.jpgフランスの元老院(Senat)です。各県代表の議員より構成されています。かのヴィクトル・ユーゴーも元老院議員でした。
 近年、フランスでは刑事法関係の改正がヨーロッパ人権条約との関係もあって行われているようですが、元老院が刑事関係の立法で果たしている役割は大きいようです。

かつて、私が中山研一教授のブログ「中山研一の刑法学ブログ」のコメント欄に書き込んだコメントを元検察官の弁護士の方が引用してくださっておられました。それを以下に引用します。
近年、「マル特無期刑」なる言葉を聞く機会がありました。無期懲役の仮釈放の(検察官が行なう)上申について、死刑求刑で無期判決が出たような一定の案件については、原則的に仮釈放の上申はしないという扱いだそうですが、法的には仮釈放の決定権限は更正保護委員会ですよね。法務・検察からの上申がなければ、事実上更正保護委員会が仮釈放を決定することは運用上できないのでしょうか?だとすれば法務・検察サイドで法改正によらない「終身刑」が事実上作られていることになり、問題があると思うのですが、いかがでしょうか?


これについて、落合洋司弁護士(東京弁護士会)がご本人のブログ「日々是好日」で引用され、以下のようにコメントをつけてくださってておられました。
この点について、私の記憶、守秘義務の限界の範囲内で、少し触れると、確かに、平成10年ころから、こういった制度が新たに生まれた事実はある。再犯の恐れが強く、安易に仮釈放を認めるべきではない被告人について、特に指定する、といった制度であった(要件はもう少し具体的であったと思う)。
ただ、上記のように、「法務・検察からの上申がなければ、事実上更正保護委員会が仮釈放を決定することは運用上できない」というよりも、仮釈放にするかどうかを決定する際、捜査を担当した検察庁の意見を聞く、といった制度であったと思う。その前提として、「マル特」に指定されている事件である必要があり、そういった事件に指定するかどうかは、無期懲役刑が確定した時点で決めていたと記憶している。実際、私が主任検事となって起訴した事件で、無期懲役刑が確定した事件があり、主任検事として意見を書くように言われて、書いた記憶がある。
そういった事件に指定されると、検察庁の意見に拘束されるというよりも、検察庁に意見を聞いて、参考にするという制度になっていたはずである。
その後、そういった制度が変容したかどうかは、何とも言えない。
私が記憶している制度のままなら、「法改正によらない「終身刑」が事実上作られている」とまでは言えないと思うが、運用によっては、そういった制度になる可能性は否定できない。


 どうも、「マル特無期刑」に指定されたからといって仮釈放が絶対的に不可能というわけではないようですが、法務・検察の運用によって事実上の仮釈放なしの終身刑ができつつあると評価することもできそうですね。
 フランスでは行刑判事と控訴院行刑部という行刑裁判所があり、仮釈放や処遇などについて司法的統制をかけているようです。無期刑の仮釈放については、2000年6月法律によって司法による決定の対象になってから仮釈放率が上がっているというニュースに接しました。それは又別の機会に触れます。
 日本でも仮釈放などの行刑における処遇について裁判所によるコントロールをかける方向を模索するべきではないかというのが私の見解です。フランスは重罪事件について陪審制度を採用しているため、刑のばらつきや検事の求刑を上回る刑の宣告などがあるようですが、仮釈放段階でこのように行刑裁判が行うことによって調整しているようです。日本でも裁判員制度が導入されようとしていますが、刑のばらつきなどの問題は同様に起こると思いますので、このような制度の導入も検討されるべきと考えます。

 追記:ブログでコメントをしてくださった落合弁護士に感謝します。

 

posted by 一法律学徒 at 00:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 刑事法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月24日

フランスの予審制度、合議制へ

j@Y@.jpg写真はフランス破毀院刑事部の法廷です。破毀院は司法裁判所の破毀審で、日本でいえば上告に相当する破毀申立(Pourvoi en cassation)を受理して事実審の判決の法令違反を審理する裁判所です。しかし破毀院は日本の最高裁とは違い純粋な法律審であり、事実審の事実認定には踏み込みません(刑事事件の再審請求は例外)。また、破毀院が原審判決を破毀した場合には必ず事実審に移送(Renvoi)しなければならない原則となっており、フランス法では破毀審は「第三審」とは捉えられていません。刑事部については、他の法廷が非公開なのと異なって、公開が原則とされているため、傍聴席が設けられています。

 フランスでは、1808年の治罪法典(Code d'instruction criminelle)以来、日本では捜査にあたる予審を主催し、勾留などの強制処分を行う権限を有するのは予審判事(juge d'instruction)でした。身分上は公判裁判官や検事と同じ司法官ですが、その刑事手続における権限が強大なため、ナポレオンは「フランスにおいて一番強大な権限を有している者は、予審判事である」と述べたそうです。
 そのフランスでの予審手続を改正する法律が今年3月にフランス議会を通過したようです。
 2007年3月5日の法律第291号というのがその改正法律です。原文が掲載されているフランス本国の法令サイトはここをクリックしてください。
 制定のきっかけとなったのは、2000年末に検挙された児童虐待の冤罪事件(ウトロー事件)でした。同事件では被疑者が多数にのぼったにもかかわらず、単独の予審判事が一人で予審を行ったことが問題とされていました。国立司法官学院を出たばかりの若い予審判事が被告人に自白を強要するなどの行為を行う一方で、被疑者と被害者とされる児童の対質も行わないなどの問題が公判において発覚し、パリの重罪控訴審ではパリ控訴院検事長自らが無罪論告を行い、司法大臣も謝罪しています。
 本法では、collège de l'instruction という複数の予審判事による予審体が設けられ、事案によっては単独予審判事ではなく、複数の予審判事によって予審を行うこととなりました。
 フランスでは2000年6月の無罪推定法以来、予審判事とは別の管理職の裁判官(大審裁判所所長・主席副所長・副所長)が「自由と拘禁判事」として勾留権限を行使するなど「二重の視点」によるチェックという観点からの法改正がなされてきました。本法もその一環といえるようです。
 また、警察留置段階での取り調べにおける録画が義務化されるなどの改革もなされているそうで、日本における取り調べ可視化や捜査について考える上でも参考になりそうな改革といえそうです。
posted by 一法律学徒 at 23:38| Comment(7) | TrackBack(0) | 外国法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初夏を迎えて

neko.jpg だいぶご無沙汰になってしまいました。九州の先輩からは「ブログ更新していないようだけど大丈夫?」とのメールが来て、恐縮してしまいました。
 実は、5月中旬に風邪を引いてから体調がすぐれず、パソコンをいじる元気が無くなっていたのが事実です。
 梅雨時ですが、もうすっかり夏といってよい時期になりました。周囲の方々は半袖になり、私も長袖のシャツを腕めくりして大学に通っている日々です。私のいでたちをいろいろと注意してくださる冒頭の九州の先輩がみたら、「一法律学徒よ、夏服ぐらい買え」とお叱りを受けるかもしれないと思っています。来週「洋服の青山」にでもいきますか……
 梅雨が続きますが、晴れた日に大学へ行く坂の途中で猫がひなたぼっこをしています。いつも同じ場所で見かけますが、梅雨に濡れた身体を晴れた日に虫干ししているのでしょうか。私の自宅も晴れた日には風通しを良くして虫干しせねばと思うこの頃です。

posted by 一法律学徒 at 21:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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